あたりまえブログ

凡事徹底をテーマにしている中小企業の後継者が「大学時代の自分に伝えたいこと」を書いています。

年収1,000万円のブラック企業と年収600万円のホワイト企業、どちらが幸せか?

数年前に父親が経営する会社に入社する前に、私はある上場企業に勤めていました。

 

前職は全国年収ランキングでも上位に入る会社で、5年目時点での年収が850万以上ありました。国内の平均年収(2017年度)が432万ですので、今考えると5年目社員としては「貰い過ぎ」だったのかもしれません。当時はそれが当たり前だったので、疑問さえ持っていませんでした。

 

もちろん、年収の分だけ仕事はハードでした。終電で帰れずに会社で朝を迎えたり、土日も仕事をするような日も何度もありました。私自身は就職活動の時点で「厳しい会社に入り、どこに行っても通用する人間になりたい」と思い、門を叩いたのでブラック企業とは思いませんでしたが、仕事が苦しいことを理由に辞めていく社員を何人も見てきました。残っている社員は貢献意欲や成長意欲が高く、私もその文化に触れているうちに結果を出し、成長していくことが楽しくてたまらなくなっていきました。

 

今振り返ると恥ずかしい話があります。社会人2年目~3年目にかけて、学生時代の友人たちと会うのをやめていた時期がありました。不遜な言い方ですが、彼らと会うことに物足りなさを感じていたのです。友人の中には、当時の私のように仕事が楽しくて仕方なく、成長を実感している人ばかりではありませんでした。会社や上司の愚痴をこぼす人、出世や成長を早くも諦める人、家族との時間を大切にする人、仕事以外に人生の楽しみを見出す人・・・。彼らと接していると、自分と同じ目線で話せていないことに憤りを感じるようになりました。仕事観で生意気にも説教をしたり、口論になったこともありました。次第に「あいつらの考え方はクソだ。終わってる」「あいつらと過ごすのは時間の無駄だ」と見切りをつけ、会社の同僚とのみ過ごすようになりました。

 

しかし、今は少しだけ考え方が変わってきました。自分自身が成果を出し成長したい、家業を強くしたいという思い自体は強まる一方ですが、それを他人に押し付けるものではないと感じるようになりました。

 

数年ではありますが、今の社員たちと接するうちに「彼らには幸せになってもらいたい。自分の幸せを見出してもらいたい、それを支えるのが私の役目だ」と思うようになりました。

 

幸せの尺度は人それぞれ、という幼稚園児でもわかることをアラサーになってようやく分かったわけです(笑)

 

今、私の家業の平均年収は、私の前職と比べると半分以下です。その代わり、大きな重圧もないし、18時前には退社できます。お客様にも目に見える貢献ができ、喜んで頂けます。手前味噌ですが、かなりのホワイト企業だと思います。社員も年収以上の価値を当社に見出してくれているのを感じます。もちろん、年収は高ければ高いほど良いに決まってます。年収も上げてあげたい。

 

今の良い企業文化を維持しながら、会社を成長させたい。社員を幸せにしたい。

 

自分が「与えられる側」だった時と「与える側」になった今。ここまで考え方って変わるんだなあとつくづく思います。